前橋簡易裁判所 昭和63年(ろ)99号 判決 1989年10月04日
主文
本件公訴を棄却する。
理由
一 本件公訴事実は、「被告人は、昭和六三年五月九日午前一〇時二二分ころ、道路標識によりその最高速度が八〇キロメートル毎時と指定されている群馬県<住所略>関越自動車道下り一〇七・六キロポスト付近道路において、その最高速度を七八キロメートル超える一五八キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転して進行したものである。」というのである。
二 被告人の当公判廷における供述、証人園田眞也、同金子吉秀、同小柏正行、同吉井正吉の当公判廷における各供述、速度測定結果記録書、司法巡査作成の実況見分調書、車両走行速度測定装置精度確認書謄本を総合すれば、
1 本件の速度違反取締りには、日本無線株式会社製JMA-一四一E型光電式車両走行速度測定装置(以下「本件測定装置」という。)が使用されたものであるが、右測定装置は、道路に七メートルの間隔を置いて二組の検出部(送受光器と反射器を組み合わせたものをいう。)を設置し、走行車両の前輪タイヤが最初の検出部の送受光している赤外線光路(以下「スタート光路」という。)を遮断してから二番目の検出部の送受光している赤外線光路(以下「ストップ光路」という。)を遮断するまでの七メートルの間に要した時間を、自動的に電子計測して計算回路で当該車両の時速を算出するという仕組みの精密な電子機器で、本件取締り前の昭和六三年三月八日に日本無線株式会社の実施する点検を受け、精度の正常であることが確認されていること、
2 本件当日、司法巡査園田眞也らは、本件測定装置を定められた設置方法に従って設置し、かつ、所要のテストを行い、本件測定装置が正常に作動していることを確認していること、
3 被告人は、公訴事実の日時、場所において、普通乗用自動車を運転して進行中、本件測定装置による速度違反の取締りを受け、その結果、本件測定装置の表示器に時速一五八キロメートルの表示が出たこと
が認められる。
三 しかしながら、被告人は、速度の点を否認し、本件取締りを予測して時速約一〇〇キロメートルで進行したと述べている。
そこで、被告人が時速一五八キロメートルの速度を出していたかどうかについて検討するに、前掲各証拠並びに証人B、同C、同Aの当公判廷における各供述、被告人の検察官及び司法警察員(二通)に対する各供述調書、自動車検査証謄本、日本無線株式会社作成の本件測定装置取扱説明書、トヨタ自動車株式会社作成のカリーナEDパンフレット、日本道路公団高崎管理事務所長作成の回答書を総合すれば、
1 本件測定装置によって速度を測定するには、選択測定と連続測定の二つの方法があり、本件当日の取締りは、選択測定の方法で行われていたが、その方法は、監視係において、<1>スタート切替スイッチを手動側にセットする、<2>速度違反をしていると思われる車両が測定区間内に入る前にスタートスイッチを押す、<3>被測定車両が測定区間を通過すると、計算部の表示器に時速が表示され、設定制限速度以上であると違反を知らせるブザーが鳴るので、表示器の速度を確認し、違反車両の車種、車両ナンバー、特徴などをインターホンで記録係及び停止係に同時に通報する、<4>引続き後続車両を測定する場合は、記録係等へ連絡事項を通報し終わった時点で、測定しようとする後続車両が測定区間内に入る前に再びスタートスイッチを押すという経過で行われていたこと、
2 本件測定装置は、旧型の一四一D型のとき、車体前部でスタート光路とストップ光路を遮断する方法で測定していたので、東京高等裁判所において、時速二五キロメートル超過の速度違反事件で、車体の上下動などにより時速二四・九九九五キロメートル超過であっても時速二五キロメートル超過と表示される場合があるとプラス誤差の疑いを指摘され(東京高裁昭和六一年一月二八日判決・刑事裁判月報一八巻一・二号一頁参照)、研究の結果、プラス誤差が発生しないように光路の高さを低くして、前輪タイヤでスタート光路とストップ光路を遮断する方式に改められたものであるが、その結果、前輪がスタート光路を通過した直後にスタートスイッチを押してしまうと、車体の下に空間部分があるので、後輪でスタート光路を遮断することになり、そして、前輪でストップ光路を遮断するので、旧型と異なり大きなプラス誤差が発生してしまうこと、
3 ところで、日本無線株式会社作成の本件測定装置取扱説明書では、被測定車両が測定区間内に入る前に、あらかじめ「監視係は、取締対象車両(速度違反をしてると思われる車両)のナンバー、車種、特徴などをなるべく早めにインターホンで記録係と停止係に連絡します。」と測定前の通報を指示しているのに、本件当日の取締りでは、監視係は、右指示に反して測定前の通報をなさず、前記認定のごとく、測定後違反を知らせるブザーが鳴ってから、違反車両の車種、車両ナンバー、特徴などを通報するという方法で行っていたため、高速道路を連続して進行して来る後続車両を測定する場合には、時間的余裕がなくなり、スタートスイッチの操作のほんのちょっとした遅れにより、被測定車両の前輪が一瞬早くスタート光路を通過してしまうということもあり得ること、
4 被告人車(トヨタカリーナ、群馬××・×・××××号)の前輪と後輪との間の距離は二・五二五メートルであり、監視係がスタートスイッチを押すのが一瞬遅れ、被告人車の前輪がスタート光路通過後、後輪がスタート光路通過前に押されたとすれば、スタート光路を遮断するのが後輪、ストップ光路を遮断するのが前輪となり、その間に二・五二五メートルの誤差が生じ、測定区間を七メートルとすべきを誤って四・四七五メートルにして測定した場合と同じ速度を表示することになって、実際には時速約一〇一キロメートルで進行しているのに、表示器には公訴事実と同じ時速一五八キロメートルの表示が出てしまうこと、
5 被告人は、本件当日、被告人車を運転して自宅を出て高崎インターチェンジ(以下「高崎インター」という。)から本件高速道路に入ったが、高崎インターの料金ゲートを通過したのが午前一〇時一一分、本件速度測定時が午前一〇時二二分で、所要時間は一一分間であり、そして、高崎インター料金所から下り線本線との合流地点までが約六四七メートル、同地点から本件測定地点までが約二〇・五七キロメートルで、被告人は、下り線本線に入るまでに約四〇秒(時速約五八・二三キロメートル)かかっているので、本線車道上を約一〇分二〇秒で走行したことになり、本件高速道路を平均時速一一九・四キロメートルで進行して来たことになること、
6 被告人が高崎インターから本線車道に入ったころ、被告人車の進路前方の追越車線をトヨタクラウン(大宮○○・○・○○○○号、運転者A、以下「クラウン」という。)が走行していたので、被告人は、右クラウンの後について、車間距離四〇ないし五〇メートル位をとって、同じような速度で本件測定地点の近くまでずっと離れずに走行し、本件測定地点の直前で、速度違反の取締りを予測して減速したものであるが、減速せずにそのままの速度で走行してしまったクラウンが時速一二〇キロメートルで検挙され、減速して後続した被告人がそれよりずっと早い時速一五八キロメートルで検挙されていること、
7 被告人は、本件高速道路を何回も進行し、本件測定地点で速度違反の取締りが行われていることを知っており、また、本件当時は妻Bと弟の妻Cを同乗させて、水上町の○○荘まで被告人の妻の姉を迎えに行く途中であり、時速一五八キロメートルという高速度を出すような状況も必要もなかったこと、
8 被告人は、現場で取調べ係警察官から取調べを受けた当初から、<1>家族を乗せて水上町の湯の小屋温泉に行く途中でそんなスピードを出せる状況でないこと、<2>本件測定地点で速度取締りをしていることを知っていた(ただし、制限速度が時速八〇キロメートルであることは知らなかった。)ので、スピードメーターを見て時速約一〇〇キロメートルで進行したこと、<3>高崎インターから現場まで前車のクラウンにずっと一定の車間距離でついて来て、前車が時速一二〇キロメートルで捕まったのだから、減速した自分がそれを超えることはあり得ないこと、<4>高崎インターの通行券の時刻が午前一〇時一一分で、測定時刻が午前一〇時二二分だから、単純に計算しても時速一五八キロメートルという数字が出ないことを具体的に一貫して供述していること
が認められる。
以上の事実を総合すれば、被告人車が前車のクラウンとあまり離れずに連続して進行して来ていたのに、監視係は、右クラウンについて、事前の車両ナンバー、車種、特徴などの通報をせず、クラウンが測定地点を通過して違反を知らせるブザーが鳴ってから、表示器の速度を確認し、クラウンのナンバー、車種、特徴などを通報していたため、そのうちに被告人車がどんどん測定地点に近づいて来て、被告人車測定のためのスタートスイッチを押したときには、既に被告人車の前輪がスタート光路を通過した後であったため、後輪でスタート光路を遮断してしまい、そして、前輪でストップ光路を遮断し、実際の速度は時速約一〇一キロメートルであったのに、大幅に早い時速一五八キロメートルの表示が出てしまったものといわざるを得ない。
四 そうだとすれば、被告人の指定最高速度を時速約二一キロメートル超える時速約一〇一キロメートルの速度で運転した速度違反の所為は、道路交通法所定の反則行為に該当し、そして、被告人は同法所定の反則者であることが認められるから、被告人に対し反則金納付の手続を経るべきところ、本件においては、その手続を経ていないことが明らかである。
従って、本件公訴提起は、道路交通法一三〇条に違反してなされたもので無効であるから、刑事訴訟法三三八条四号により本件公訴を棄却する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 箱田敏之)